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 番外編4・聖バレンタイン・デイ

 カウンターに座っているアリアに、長身の女性が近づいた。

 長い髪に、派手な真紅のロングコートのその女性は、アリアの肩に手を添えて、立ったまま、なにやら親しそうに話しかけた。

 十無はその女性に、見覚えがあるような気がした。記憶の糸を手繰り寄せてみる。

 ――もしや、D!

 十無は、立ち上がりそうになったが、思いとどまった。

 ――今は、アリアを尾行中だ。それに、あの女性が女怪盗Dだという確証は何もない。下手に動いて、アリアまでも逃がしてしまう可能性がある。

 十無は、自分に言い訳していた。その女性がアリアとどういう関係なのかを知りたいというのが本心だった。

 ――もし、Dだとしたら、泥棒同士、お似合いのカップルだ。時々、アリアのそばに見え隠れするDの影。以前からそういう関係だったのかもしれないと、十無は自虐的な想像をしていた。

 その女性は、アリアにチョコが入っていそうな小さな四角い包みを渡すと、身を屈め、アリアの頬にキスをして、そのままアリアを抱きしめた。

 ――俺の前で……やめてくれ。

 十無は、目をそらした。これは、焼きもちだ。女相手に焼きもちを焼いている自分が情けなかったが、十無はそう自覚した。

 十無は残っていた烏龍茶を勢いよく飲み干した。一人で、しかも、烏龍茶でこれ以上バーに粘るわけにはいかないと、自分に言い訳をして、十無は水割りを注文した。

 ――どうせ、俺はあいつにとって、煩わしい刑事に過ぎない。からかいの対象にはなっても、恋愛の対象になるはずもない。ましてや、俺は男だ。

 絶望的な思考に陥った十無は、水割りを飲みながら、アリアの方へ目を戻した。顔を背けている間に、長身の女性は姿を消し、アリア一人になっていた。

 ――なんだ、帰ったのか。

 ほっとした。体の力が抜けた。些細なことで一喜一憂している自分に、十無は苦笑した。

 ――情けない。まるで、小学生の恋だな。

 どうあがいても成就しそうにない恋だから、思いつめてしまうのかもしれないなどと、どうしようもない自己分析をして、水割りを口に運んだ。

 アルコールは、双子の弟、昇よりも弱かったが、一人で飲んでいるせいか、水割りの減りが早くなっていた。

 次に十無が顔を上げた時には、アリアの隣に、ヒロが座っていた。ヒロは、人目をはばかることなく、アリアの肩に手を回している。アリアを好きだと公言しているヒロ。十無には到底真似ができない、行為。

 ――俺は、こうして影から見ていることしかできないのか。

 もし、アリアが被疑者ではなかったとしても、男だということで、やはり、二の足を踏んでいただろう。警察という組織にいる限り、人と違う道を行くということは、自殺行為だ。

 十無は、自分の地位を捨てる勇気はなかった。もし、刑事じゃなかったら。もし、アリアが女性だったら。もし……。

 馬鹿な考えだとわかっていても、現実逃避してしまう。取り留めのない、無意味な仮説。

 十無はアリアを再び盗み見た。ヒロが、アリアの腰に手を回して寄り添っている。アリアは拒絶せずに、されるがままになっている。

 ――あの野郎!

 十無は、膝の上で拳を握ったのだが、その場に割って入れるはずもなく、ため息をつくしかなかった。

 次の瞬間、十無は目を疑った。アリアが躊躇いがちに、ヒロにキスをしたのだ。ヒロは、離れようとしたアリアを抱きすくめ、再び唇を重ねた。

 周囲の客が、ヒュウと口笛を鳴らし、冷やかしている。

 ――アリアは、やはりヒロが好きなのか?

 目をそむけたかったが、あまりの衝撃に、硬直した十無は、身動きできなかった。頭に血が上り、酔いが急速に回った。仕事中だということは、頭からすっかり飛んでしまっていた。

 怒った素振りを見せるアリアに、ヒロは肩をすくめて笑っている。

 その後、ヒロだけが席を立った。

 ――ヒロを待っていたのではないのか。アリアは一体、誰を待っているのか。銀色リボンのチョコの送り主は、誰なんだ。

 十無は、混乱していた。

 満席だったバーが、空いてきて、アリアと十無の間を遮るものがなくなってしまった。アリアが後ろを振り返れば、こちらに気づいてしまうだろう。だが、アリアは振り向かない。

 十無ははっとした。

 アリアは、最初から尾行に気がついていたのではないか。知っていて、こちらのことをからかっていたのではないか。

 十無は段々腹が立ってきた。

 ――俺に見せ付けて、何が面白いんだ。

 妙な思考だということに気がつかないほど、十無は酔っていた。いつの間にか、許容範囲をはるかに超えた量を、飲酒していたのだ。

[番外・聖バレンタイン・デイ3]

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