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番外編4・聖バレンタイン・デイ(原稿用紙28枚分)
*十無&アリア
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銀色のリボンのかかった、シックな小箱。それが、仕立ての良さそうなトレンチコートのポケットから、顔を覗かせていているのが、遠目にもわかった。 コート掛けにかけられているそれは、確かにアリアのコートだ。 煙草の煙で霞のかかった猥雑なバーの薄暗がりの中で、銀色のリボンが光って見えたのだ。見たくなかった。目が良いことを、東十無は恨んだ。 それに気がついてから、東十無の思考は、一点で止まっていた。 ――誰からもらった? いくらアリアが、華奢で、女性に化けるのがうまくても、男にかわりはない。アリアが女の子からチョコを貰ったとしても、なんら不思議はないのだ。アリアは優しいし、女の子の知り合いが多い。今夜も、もしかしたら、女性と待ち合わせをしているのかもしれないなどと、十無は想像していた。 ――俺は、何を考えている? 見たこともない女性に対して嫉妬しているのか。たかがチョコじゃないか。大の男が……どうかしている。 東十無はため息をついた。 ――それに、今は勤務中だ。余計なことを考えるな。 東十無はその考えを打ち消そうと、冷たい烏龍茶をがぶ飲みし、吹っ切るように頭を横に振ったのだが、感情はそううまく割り切れなかった。 アリアは、カウンター席の端に座り、ゆっくりとロックグラスを傾けている。多分、こちらには気づいていない。地下のバーは、50席ほどの大きさがあり、テーブル席の椅子は背もたれが高く、視界が悪い。東十無は、テーブルを一つ挟んで、アリアからは死角になっている、斜め後ろのテーブル席に一人で陣取っていた。 アリアの横顔がちらりと見えた。鼻筋の通った顔立ち。普段からサングラスで目元を隠しているが、女性の姿で現れたときを思い起こすと、顔立ちは整っているように思える。 今まで、東十無は女性姿のアリアに、何度か会う機会があった。その度に、アリアの雰囲気は変わる。だが、あの瞳。寂しそうな、陰りのある瞳。あれは、変わらない。 十無は、いつの間にか、女性姿のアリアを頭に思い描き、アリアをぼおっと見つめていた。 ――畜生! 俺は、刑事だぞ。しっかりしろ。 東十無は、額を拳で軽くたたいた。頭から、冷水をかぶりたい気分だった。 今は、尾行中なのだ。 被疑者は、アリア。 十無は、念仏のように頭の中でそう唱えた。 先日、会社役員が、銀行から現金百万円を下ろした直後、何者かにすられたのだ。 十無の知る限り、被害者がしばらく気づかないほど完璧にすりをこなす人物は、アリア意外に考えられなかった。 すりは現行犯でなければなかなか立件が難しい。次に犯行に及んだところを確保するしか方法はないのだ。 アリアを捕まえる。十無はいつもそう公言していた。だが、いざその機会に直面してみると、怖気づいている自分がいる。 アリアは犯罪者に違いない。警察官である自分は、アリアを逮捕するのは当然のことなのだ。そう自分に言い聞かせ、自分の気持ちを誤魔化してきた。だが、心のどこかでは、この状態がいつまでも続けばいいと願っている。生真面目な十無は、そんな自分が許せなかった。十無の心の中で、様々な問題が複雑に葛藤していた。 ――仕事、これは仕事だ。 十無はもう一度、念じるように自分に言い聞かせた。 だが、今夜、単独行動を取った時点で、既に職務を逸脱しているということに、十無は気づいていなかった。 |
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