氷の唇10
「お前、なんだかいつもと雰囲気が違うな。何かこう……」
「熱でもあるのかな。自分でも変な感じがする」
 体がけだるく、座っていても、まだ夢の中にいるようだった。
「そういうことじゃなくて、色っぽい……いや、なんでもない」
ヒロは途中で言葉を濁し、アリアを切なそうに見つめた。
「俺は、お前が好きだ」
「うん……」
 ――ヒロの好きはわからない。そんなことを言って、女性と平気で一夜を過ごすのだから。
真っ直ぐにこちらを見つめるヒロの瞳。
 アリアはこの瞳が苦手だった。
ずっとこの瞳に守られてきた。安らぎを感じる瞳。でも、有無を言わさない絶対的な瞳。
「義理の兄としてではなく」
 ヒロが唇を寄せた。
 アリアは無言で、ヒロの手を振り払った。
「……ごめん、ヒロのことは好き。けれど……」
 まともに顔を見られない。アリアは俯いてしまった。
 ――大切な人。ヒロがいなかったら私はここにはいない。母の言うままに、結婚詐欺の片棒を担ぎ、体を売るような酷い生活をしていたのかもしれない。
だから、ヒロが言うことは全て従ってきた。『仕事』も言う通りにやってきた。
ヒロがいない生活は考えられない。
ヒロがふいといなくなると、不安で仕方がない。
長髪に長身、甘いマスクのヒロは、女性を惹きつける魅力を持っている。
飲み屋で女性を引っ掛けるのは造作もないことで、そんな女性と一緒に過ごしていると思うと、胸が苦しくなる。
でも、この好きって、家族として? それとも、恋人として?
「ふん。今日のお前は、俺の口を軽くさせる。お前に答えを求めようなんて、俺もどうかしている」
 ヒロは自虐的な笑みを浮かべ、鼻で笑った。
「さてと、朝食が終わったら、ここを出るとするか」
 そう言いながら、立ち上がったヒロは、不意に身を屈め、アリアの唇をかすめ奪った。
「ヒロ!」
「このくらいいいだろ」
 にやりとしながら、ヒロは部屋を出ていった。
 
「アリア、何かあったでしょ?」
 高校から帰宅した自称『泥棒の弟子』の柚子は、ソファに寝そべっていたアリアを見て、開口一番、疑いの眼差しでそう訊いてきた。
 都内にあるアジトの一つであるマンションにアリアとヒロが着いたのは、昼下がりだった。
ヒロは、マンションまでアリアを送ると、苦手な柚子が帰ってくる前に、直ぐ帰ったのだった。

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