氷の唇12
「失礼だな、仕事はこなしているぞ。今だって浮気調査中で、ここにはたまたま近かったからよっただけだ」
「本当に?」
 尾行中だったのだろうか。仕事中にしては、昇はジ―パンにティーシャツというラフな格好をして、相変わらず、伸びかけた髪のままだ。
「おまえ、具合が悪いんだろ? ほら、蜜柑持って来たぞ」
 アリアはそのままの姿勢で、目を瞑ったまま「ありがとう」と言った。
 タイミングよく昇が来たと思ったら、柚子め、また余計な連絡をしたのか。
 ゆっくりと起き上がろうとしたが、昇がそれを制した。
「寝ていろよ。俺が蜜柑むいてやるから」
「いいよ、自分でできるから」
 そう言って、アリアは昇とまともに向き合ってしまった。
 一瞬、昇はアリアの傍に膝をついたまま、動きを止めた。
 そして、困惑したような表情。
昇は、何かを感じ取ったに違いなかった。
「アリア」
 昇の目がうつろだった。
 アリアの頬を撫ぜる昇の手。
「昇? ちょっと、昇!」
 アリアが声をかけても、昇は反応しなかった。まるで何かに憑かれたような、表情。
 横になっていたアリアは、昇に体を押さえ込まれ、両腕の自由もきかない。
アリアは口付けされそうになった。
「昇!」
 アリアはもう一度、呼んでみたが無駄だった。
 抵抗しようとしても、昇の腕力には到底敵わない。
「おい、こら。お前何やってるんだ!」
 昇と同じ声が背後からしたと同時に、昇はその男に肩をつかまれ、引っ張られてソファの横に転がった。
 昇とは双子の兄になる、東十無(あずまとむ)だった。
同じ顔だが、十無はスーツをきちんと着こなし、髪も短く整えている。几帳面な性格が現われていた。
「いてーなぁ! 兄貴、何するんだよ!」
 昇は床にぶつけた腰をさすりながら、起き上がった。
「それはこっちの台詞だ。お前、アリアに、その……」
 言いながら十無は赤面している。
「あ? 俺はただアリアに蜜柑を剥いてやろうとしていただけだぞ?」
「おまえ、今アリアを押さえ込んで……」
「俺が?」
 その場に胡坐をかき、昇は目を丸くした。
「まさか」
 昇も十無と同じ顔を赤面させた。
「ごめん、昇は悪くないと思う。多分、私が原因だ」
 アリアはけだるい体を横たえた状態で、二人に顔を背けたまま、言った。
「え?」
 二人はわけがわからないとでもいうように、素っ頓狂な声を挙げた。

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