氷の唇2
――二人でいるときくらい、女の姿になれって、また、ヒロに文句を言われそうだ。
でも、この姿のほうが気楽だった。長年この姿で過ごしてきたせいか、この方が自分でいられるのだ。
「……暇だなあ。ヒロが来るまで女装してようかな」
独り言を呟く。
呟いて、また苦笑した。
――女装だって。私は女なのに。自分でも自覚なさすぎだよね。
サングラスをはずして、片手で髪をアップにし、窓硝子を鏡にして覗き込む。
「ちゃんと女に見える、よね」
首を傾げポーズをとって、にっこり微笑んでみた。
見慣れない二十代の女性、大きめの瞳。私を孤独に追いやった母に似ている顔。さっきとは違う自分がこちらを見ている。
――刑事さんは、どんな女性が好みなんだろう。
「……馬鹿みたい」
慌てて声に出して打ち消した。
刑事……東十無(あずまとむ)のことを思い浮かべてしまい、急に恥ずかしくなり、またサングラスをかけると、長椅子に腰をおろし、グラスに半分ほど残っていたフォア・ローゼズを飲み干した。
――十無のことなんか考えたりして、どうかしている。考えたってどうにもならないのに。どうせ私は、十無にとってはただのこそ泥の少年。
静寂と時間が、アリアに考えごとを強要させた。
アルコールの効果も加わって、思考が迷走する。
――ヒロといつまでこんな生活を続けるのだろう。私は何から逃げているのか。母の影から? いや、自分から逃げているのかもしれない。自分を偽って、直視しないで逃げているのだ。
別の人間になりすまして、別の人間として生まれ変わりたい。
でも、やっぱりこれって逃げだよね。
「あー、考えるの、やめた。何か本でもなかったかな……」
長椅子から勢いよく立ち上がり、吹っ切るように大きめの声で言った。
妙に声が響いた。
午前一時が過ぎていた。
トントン。
「ヒロ!」
扉を叩く音がはっきりと聞こえ、アリアは玄関に走った。
玄関扉を開けたと同時に、部屋中に冷たい風が雪と共に勢いよく吹き込んできた。
居間は、あっという間に冷えきった。
ヒロではなかった。
玄関には、黒く長いコートをまとった女性が立っていたのだ。顔はフードを深くかぶり、よく見えないが、長い黒髪が風になびいていた。
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