氷の唇5
「ごめんなさい、そんなつもりはなかったのだけれど……」
 彼女は手を離し、眉を寄せて悲しそうに顔を曇らせた。
 何故謝る必要があるのか? 私が勝手に動揺しているだけなのに。
アリアは不思議に思いながらも、まだ立ち上がれない自分に戸惑っていた。
「……私が、どうかしているんです」
 俯いたまま、そう言うのが精一杯だった。
「私のせいなの。あなたは悪くないの」
 彼女は、アリアの目の前に屈み、優しく囁いた。
 ――どういうこと?
 アリアは思わず顔を上げ、目の前にいる彼女の瞳を見てしまった。
 目を合わせたら、そらせない。
アリアはいつまでも見つめていたい衝動に駆られた。
 彼女の透き通るような白い顔が、暖炉の火に照らされ、朱色に染まっている。
 血のように赤い、真紅の唇。濡れたようにしっとりと艶のある波打つ黒髪。
そして、海の底の様に深い青色の瞳。
 時が、永遠のようにも一瞬のようにも感じられる。
 彼女は、微動だにしないアリアのサングラスに手をかけ、そっとはずした。
「綺麗なお顔……」
 アリアに抵抗しようという気は全く起きなかった。
 彼女はごく自然に、アリアの顎に手を添えて顎を引いた。
 アリアはされるがままになっていた。
「こんなに美しいのに、何故男の姿をしているのでしょう」
全て見透かされていた。
彼女はアリアの顔を食い入るように見つめた。
彼女の視線が熱く感じられる。それだけで、眩暈が起きるほどの、甘美な疼きが体中を支配する。
熱病にでもかかったように、アリアはもうろうとし、何も考えられなくなっていた。
 彼女のもう一方の手がアリアの顔の側に伸び、頬を細い指先で撫ぜた。
「私、少し飢えているの。それに少し疲れていて。だから……ごめんなさい」
 彼女はしきりに謝っていた。だが、その言葉は今のアリアには届いていない。
「その代わり、あなたに快楽を」
真紅の唇がアリアの唇に触れた。
ひやりとした唇。
ひょっとしたら雪女かもしれない。
アリアは朦朧とした思考の中で、そんなありもしないようなことを考えた。
現実からかけ離れているような美しさの彼女。
唇を重ねたことも、自然と受け入れてしまった。
恍惚がアリアを襲った。
荒くなる吐息。
「あなたは、処女じゃないのね」
 一度、唇を離して、アリアの顔を覗き込み、彼女は寂しそうにそう呟いた。

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