氷の唇6
「でも、あなたからは良い香りがするわ
……良い血の香り」
再び唇を重ねる。重ねる度、アリアの意識は遠のいた。
力が抜け、後ろに仰け反りそうになったが、彼女は片腕でアリアをしっかりと抱き締めた。
その細腕は、見た目に反し、アリアを軽々と支えていた。
薄れ行く意識の中、アリアはカーテンを開けたままの窓硝子に、目を向けた。
彼女の姿が映っていなかった。
一瞬、唇から見えた牙。
恍惚の中、僅かな恐怖がアリアの頭の中に芽生えた。
「……あなたは、人間じゃない……」
アリアのシャツをはだけて首筋を露わにし、唇を近づけようとしていた彼女は、顔を上げ、微笑んだ。
「時として、私の意志に逆らえる人間に出会うことがあるが、あなたもその種の人間か」
今までの気品に満ちた雰囲気と違い、言葉の端に冷たさが漂い、その微笑みは嘲りを含み、まるで別人のようだった。
「本当に……人間じゃ、ない?」
アリアは耳を疑った。
――まさか、そんなことがあるのか? では何だというのだ。雪女だとでも言うのか。
息を弾ませながらも、アリアは必死に思考を巡らせた。そして、少し緩まった彼女の腕を払いのけ、座り込んだまま、後ずさった。
「私にとって、人間を意のままにするのは造作もない。赤子の手をひねるようなもの。意識を保てようが、どうにもならない。さあ、私に身を委ねなさい」
彼女がにじり寄ってくる。
――なんとかして彼女の気を逸らさなければ、私は命を落とすかもしれない。
アリアは本能的に命の危険を感じた。
「あなた……悲しい顔をしている」
アリアは声を振り絞って呟いた。
彼女の青い瞳が大きく見開かれ、動作が止まった。
「私に向かって、そのようなことを言うとは」
彼女は驚きの表情を浮かべ、次に苦笑した。
「あなたは、私と同じ寂しさを抱えているのでしょう?」
彼女が動揺することで、魔力というものが薄らいだのか、アリアはいくらか言葉を口にすることが出来た。
「この娘、笑わせてくれる。人間のちっぽけな短い時間と、私の永遠に終わることのない闇を同じだなどと!」
「寂しさに、時間は関係ないでしょ?」
「黙りなさい」
一層威圧的な態度で、一言そう発したが、アリアには明らかに彼女が動揺しているように見えた。
――人間ではないとしても、彼女にはきっと、私と同じように感情があるのだ。
そう思いたい。
彼女はアリアを絨毯の上に、片手で軽々と押し倒した。
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