氷の唇7
 「さて、まずはそのおしゃべりな口を塞ごうか」
 ゆっくりと彼女の顔が近づき、アリアの唇を奪った。黒髪がアリアに覆いかぶさる。
 襲いかかる甘美な恍惚。
「……小生意気なおまえの命、貰うとしようか。私の下僕になるがいい」
 アリアのはだけた首筋を、冷たい舌がなぞった。
 アリアは一縷の望みを賭け、動かない口唇を辛うじて開いた。
「私には、大切な人がいる……死ぬ、わけには、いかない」
「死? そのようなもの、下僕となれば無縁となる。今の姿のまま、永遠を彷徨うのだ」
 彼女は、アリアの言葉に反応し、首筋から顔を上げ、答えた。
「……私は、大切な人と共に老い、死んでゆきたい」
「死ぬのが怖いのではないのか? 人間の命など、百年もない」
 彼女はこちらをじっと見つめ、アリアの反応を窺っているようだった。
アリアは視線を合わさないよう意識的に目を伏せた。
あの瞳につかまったら、もう抵抗できない、そう思ったのだ。
「違う。大切な人と過ごせなければ、例え何百年生きたとしても、それは死んでいるも同然。生ける屍に過ぎない」
「……生ける屍」
 彼女は、上体を起こしてアリアから離れ、絨毯の上に座ったまま、声を押し殺して、クックッと笑った。
「確かに、私は生ける屍。愛する人は時の彼方へ生まれ変わり、私を忘れ去っていく。……愛する人を捜し求め、永遠を彷徨うのが私の定め」
 アリアはゆっくりと起き上がることができた。体の自由がきくようになっていたのだ。
 恐る恐る、彼女の顔を盗み見た。
 口元に手をあて、声を押し殺して笑っているが、瞳を伏せ、泣いているようにも見えた。
 もし、彼女が何百年も生きていたとしても、その年月は、価値のあるものだったのだろうか。
 愛する人を捜し求め、出会うことなくすれ違い、孤独なまま、絶望の淵に立ちつくしているのではないか。
 私と同じに、彼女もまた愛する人を求め、苦悩している。
 アリアはそんな想像をめぐらせた。
悲壮な表情の彼女を前にして、アリアの心から、いつしか恐怖の念が消え去り、同情と哀れみが沸いてきた。
彼女を直視しても、先ほどのような不思議な感情にはならない。
ただ、彼女が辛そうで、アリアは何か手を差し伸べたくなった。
「可哀想な人」
「面白いことを言う。この私を、可哀想と言うのか」
 彼女は不敵な笑みを浮かべたが、襲いかかることはなかった。

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